「ただ「こだわり」は悪い事ばかりではない。
我社の様に専門的技能の領域では、1つの事に何年もこだわり続ける習性は絶対に必要である。
大切な事は、自分のこだわりと他人の考えを、それぞれ別の立場に立って
イメージ出来るかと云う事です。
つまり、ブレない自分を持ちながらも、他人の意見や批判を謙虚に受け、
独りよがりにならずに気配りが出来る「適応力の良さ」を備えると云う事です。
「一徹者」であっても「一刻者」にはなるな、です。
一徹は、こだわりつつも他人の意見に耳を傾けられ「まいった!」が言える人。
一刻は、聞く耳を持たない頑固な人。」
「 「空気を読めない」「相手の立場でものを考えられない」「1つの事にこだわり続ける」と云う人は、多かれ少なかれどこにもいます。
1つの事にこだわりが強く、他人の意見や助言を受け入れない様な人間では
社会性も客観性もあるとは言えず、他人がどう思っているかを考える事が出来ない人に接客業やサービス業は難しいと言える。
気付いていて直さない人も問題だが、まったく気付いていない人は、
周りが根気よく教えていくしかない。
この様な人は、「受容力」が付かないだけでなく、どんどん「世間」を狭くして
幸福な人生からは遠ざかる。
ポイントは、「素直」になる事・・つまり「頑固さ」を捨てる事です。
が、困った事にその様な人に限って「自分は頑固ではない」と信じている事・・・
故に、「繰り返し」しかない」
他人同士が一緒にいれば不満も愚痴も出てくる。意見の違う二人が上手くやっていくためには話しあうことや歩み寄りは必要である。
前回の記事で離婚の原因ナンバーワンが「性格の不一致」だと書いたが喧嘩の仕方にも結びつくのでないか。
離婚や別れにたどらない為にも二人の喧嘩の仕方を見直してみて欲しい。
そして「批判→防戦→見下し→無視」のパターンだけは避けるべきである。
「客観性を欠いた状態で自分のエゴだけがどんどん肥大してしまうと、
人間はどうなるか・・・「自己愛」が病的に肥大してくると、
例えば、大した業績も無いのに才能を誇張する「誇大性」、
自分が特別の存在であるという間違った自信、
過剰に褒められたいと云う強い欲求、他人への感謝の欠如、強い特権意識、
成功している人への病的嫉妬、尊大で傲慢な態度などなど・・・
こういった人が身近にいると周りは大変です。
ただ、どんな人でも無意識のうちに出るものです。
少しでもそう感じたら、他人への思いやりや感謝と云う感情に振り替えられる
人間になる様、努力しましょう。」
「・余暇と休暇 ⇒疲れるのが「余暇」。疲れを取るのが「休暇」。
・家族と家庭 ⇒大事だと思うのが「家族」。面倒くさいなぁと思うのが「家庭」。
・お金持ち ⇒お金を貯めているのは「お金持ちでない人」。お金を貯める必要の無いのが「お金持ち」
・理由と言い訳 ⇒聞かなければ言わないのが「理由」。聞かれてもいないのに言わないと気が済まないのが「言い訳」。
・差別と区別 ⇒悲しいのが「差別」。悔しいのが「区別」。
・欲望と欲 ⇒欲しいモノを手に入れたいと思うのが「欲望」。要らないモノも手に入れたいと思うのが「欲」。
・誠実さ ⇒誠実に見える人は「誠実な人」。誠実だと云い張る人は「不誠実な人」。
・思いこみ
(男性)⇒「オレにはこの女しかいない」と思うのは錯覚。「これ位の女はいくらでもいる」と思うのは幻想。
(女性)⇒「私はこの人が居ないと生きていけない」と思うのは錯覚。「この人には私が必要なんだ」は幻想。
・親バカ ⇒「オレの子供はすごい」と思うのは親バカ。「俺がすごいからだな」と思うのは単なるバカ。
・企業 ⇒儲かっている事を隠したいのが「中小企業」。儲かっていない事を隠したいのが「大企業」。
・仕事量 ⇒仕事量の3倍の人数が居るのが「お役所」。人数の3倍の仕事量が有るのが「零細企業」。
・根気と根性 ⇒結果を出せる人が持っているのが「根気」。結果を出せない人が持っているのが「根性」。
・無知と無能 ⇒自分で認められるのが「無知」。自分では決して認めたくないのが「無能」。
・窮地と死地 ⇒何んとか逃れなければならないのが「窮地」。窮地の時に「もうダメだ」と思った瞬間に「死地」。
・理由 ⇒「俺は努力でここまで来たのだ」と言っている人は「運のいい人」。「俺は運が悪かっただけだ」と言っているのは「努力してない人」。」
「独自の作品を生み出す為には
・我慢(がまん)しない
・躊躇(ちゅうちょ)しない
・放棄(ほうき)しない
・模倣(もほう)しない
頭文字をとって「ガチホモ精神」って教わったけど絶対人には教えたくない」
「客観性をゆがめる要因としては、
成功を収めるなど「順境」の有頂天になっている時に起こり易い。
「これは全て自分の力だ」と思った時点で「公正なジャッジ」など出来る訳がないのである。
そして、それより大きいのが苦境(逆境)に立たされた時である。
人は誰でも辛く落ち込んだ時に、気持ちに余裕が無くなり、視野も狭くなり
物事を歪めて見てしまい客観性から遠のいてしまう。
しかし、こんな時こそ「あの人ならどう考えるか」を考える事と、
この苦境こそが「自分の器を広げるチャンス」と思う事である。
明るい所(順境の人)から暗い所(苦しみ悩んでいる人)は見えないが、
暗い所(逆境)から明るい所(順境で有頂天の人)は良く見える。
故に、この時の身のほどこし方(反面教師として頭に刷り込む事)で
他人への労わりと優しさが身に付き、人間としての飛躍が出来る。」
「この自他ともに公正なジャッジが出来ると云う事は、
人間社会において最も重要な「社会性」の体得です。
他人と付き合っていく「社会性」は、自分のこだわりだけを通していたのでは
身に付かない。
他人の気持ちを読むことも大切だが、まずは自分自身を客観的にとらえる
「客観性」を高めるのはもっと重要です。
そのポイントは、物事を「損か得か」で見たり判断するのではなく、
「善か悪か」の観点で考える事です。
「損得」では通常、自分が得する場合は相手が損する場合が多い。
「善悪」は、社会通念上「1つのモノサシ」が存在しており、
それを基準に考えられるから「公正なジャッジ」に近づける。」
「そして、ポイントは「客観的に考える」です。
これも口で言うほど簡単ではないが、客観性を高めるには常に
他人の価値観、考え方、発言の背後にある本音、感情などを積極的に吸収しようと云う姿勢が無ければ身に付かない。
その様に常に心掛ける事により、客観的情報と主観的情報とを識別する能力も付き、公正な立場での判断、ジャッジが出来るようになっていく。
そうなると、自分を計るモノサシと相手を計るモノサシが同じになり
「自分の事は棚に上げて」の言動が少なくなり、バランスのとれた人間となっていく。」
常に「自分だけの偏った価値観ではないか?・・あの人ならばどう考えるか」
の習慣を付ける事は、同時に「他人の脳で考える」と云う、柔軟な思考法、仮説力が身に付き、自分のキャパシティを大きくする為に必要な習慣なのである。
特に、怒りや不安、落胆、葛藤、屈折、不信などを感じた時は、積極的に試みる事だ。
完全解決とまではいかないにしても、不思議と気分転換が出来、
気持ちが軽く楽になるはずです。
このとき大事な事は、人生を前向きに生きている様な、憧れの有名人や尊敬できる上司・先輩などを頭においた方が、ポジティブに考えられ、モチベーションは上がる。